松林寺 大邱・八公山(パルコンサン)にある名刹

2017年1月27日金曜日

韓国学科最後の授業

 2016年の秋は、昨年のように踏査会にも参加せず、ほとんど旅をしなかった。気候も昨年とはずいぶん違う。昨年は9月から11月まで、ゆっくりと秋が深まる感じがした。季節が穏やかで紅葉も長い間各地で楽しめた。今年の秋はなにかあっけなく終わってしまい、11月中旬から急に寒くなり、キャンパスの葉も早々と落ちてしまった。



2016年11月28日(月)
 2年間通った韓国学科碩士課程だが、小生にとってはこの日が最後の大学院の授業也。本当は来週の月曜日が最後なのだが、用事があり金曜日から日本に戻るためだ。
 チョン・ユンキョ先生の社会学、イ・スファン先生の書院史、チェ・チェモク先生の儒学、と感慨深く受講。寒いが良く晴れた一日。

2016年11月29日(火)
 パク・クネ大統領辞任表明。このあと弾劾裁判が始まり、ますます韓国政治は混迷していく。
 慶山駅から急行のセマウルに乗って釜山へ。YMCAビルにあるソウル日本文化センター・釜山日本語教育室で日本アニメの話をする。その後の夕食は中華街へ。釜山の中華街はかなりの規模で初めて足を運んだ。ロシア料理店が混在しているのが特徴。
釜山に来たのは1年半ぶりぐらいか。今年はとうとう1度もソウルへ行かなかった。

2017年1月15日日曜日

清道ワイン、闘牛、中間発表

2016年11月12日(土) 
 ソウルで「朴大統領退陣要求デモ」100万人を越える。毎週土曜日に各地で行われたデモは年末まで延々と続いた。「박근혜 퇴진」(パク・クネ退陣)「하야하라」(下野せよ)というプラカードを掲げ、学生、労働者、知識人から家族連れまで、広汎な韓国人が結集した大衆運動の盛り上がりを見て、傍観者の小生はずっと違和感を感じ続けた。今回は流血の騒動は起きず、取り締まる側にもデモを容認する雰囲気があった。民主主義を口にする参加者たちの言葉をテレビで見ながら、韓国の沸騰しやすいポピュリズムの危うさを思った。

2016年11月13日(日)
 Gさん、Mさんと隣町の清道(チョンド)へ。
 清道は三国時代以前から古い歴史のある町で、花郎精神の発祥地として、近代ではセマウル運動の発祥地として有名だが、まあかなりの田舎町である。駅で迎えてくれたのは陶芸家のHさん。Hさんは大邱の陶芸家の二代目で、日本の瀬戸で修業した。大阪時代にMさんと知り合い、結婚して大邱に戻ってから清道に窯を開く。「半月窯」という名で、中国でも販路を広げ、かなり成功しているようだ。MさんはHさんの縁で大邱に来るようになり、とうとう移住し、店を開くことにしたというわけだ。
まず、有名なワイントンネルへ。









このトンネルは植民地時代に日本軍が満洲に進出するために掘ったという、旧京釜線の線路跡である。トンネルの入り口には初代朝鮮総督寺内正毅の書で「代天成功」とあった。
トンネルの暗さと湿度は確かにワインの貯蔵にはぴったりだろうと思い、期待して訪ねたのだが、ワインといっても柿ワインだけなのであった。日曜日だから多くの観光客が来ていたものの、清道名産の柿で作った柿ワインだけでは、再訪する気にはなれない。小生は国産のワイン、外国産のワイン、豊富に取り揃えているものとばかり思い込んでいたのだった。




「柿」と並ぶ清道の名物「闘牛」も見学。専用の競技場があり、競馬のようにオッズがあり牛に賭けることができる。



「半月窯」を見学してから駅前で男4人で一杯やり、鉄道で慶山へ戻る。清道に来たのは2度目であった。大邱近郊の純農村地帯だが、別荘や洒落た一軒家のカフェやイタリアン食堂などもぼつぼつ出来始めたという。

2016年11月18日(金) 
 韓国学科論文中間発表の日。




 中間発表は予備発表とも呼ばれ、学位論文の提出前に簡単な予備発表をするという制度である。この日中間発表をしたのは小生、ナム君、ティーエンさん、全京美さんが碩士(ソクサ、修士)、金明月さんが博士(パクサ)、そして最後に이재준さんが博士論文の本発表をした。
 小生の碩士論文のタイトルは「崔南善親日의 논리와 내용에 대한 연구」。
 中間発表は1人10分か15分程度の簡単なものではあったが、チェ先生にも事前にみてもらい、かなり修正をした。しかしながら論文が完成する目途は全然立っていない。

2017年1月14日土曜日

町田別荘、深夜食堂

2016年10月30日(日)
教大駅でKさん、K君と待ち合わせて、學岡美術館(ハクガン美術館、町田別荘)へ。


これは画家であるK君の父が開館した個人美術館で、所有する日本家屋に日中韓の美術コレクションを展示したもの。10月10日にオープンして、秋史(チュサ)と石齋(ソクチェ)という朝鮮の書家の作品を展示していた。












K君は子供の頃この家に住んでいたらしい。画家である父親には会えなかったので詳しい経緯はわからないが、植民地時代は町田という日本人の別荘だったという。天井や欄間の装飾などを見てもかなり凝ったもので、保存価値のある貴重な建物だと感じた。K君は近所のアパートで両親と暮らしている。父親は3月には済州島で新たに美術館を開くというからお金持ちであるらしい。多彩で雑多なコレクションの価値は、残念ながら小生には素養がなくほとんどわからなかった。


「大正4年5月藤本」の箱を開けてみると朱塗りの盆が5つ、良い状態で保存されていた。骨董品として、どれくらい価値があるのだろう。


ポジャギが掛かっているいる欄間も、建築的な価値があると思う。K君、Kさんとは後日「君の名は。」を見に行くので、後述。
 彼らと別れて、防川市場へ。Gさん、Mさんと合流。Mさんは最近大阪から大邱へやってきた40代の在日韓国人。大邱で食堂を開きたいということで、食堂を経営するGさんがアドバイスをしており、この日は小生が防川市場を案内した。Mさんは「深夜食堂」のように、カウンターの中にいる自分が、1人でお客を迎えるような日本食堂をやりたいのだという。小林薫主演のこのドラマはアジアでも人気で、台湾版、韓国版のドラマも始まった。
 防川市場の人を紹介したり、物件をいくつか見て回る。これもその後紆余曲折があった。場所はとても気に入ったのだが、権利金が高すぎて結局断念し、別の場所で良い物件が見つかることになる。それは意外な場所だった。


2017年1月9日月曜日

チェ・スンシル・ゲート

10月24日(月) 朴槿恵大統領、改憲演説。大統領の任期を4年、2期までにしようという内容だったが、この日の演説が彼女にとって最後の職務といっていいくらいの結果となった。この日の夜、ケーブルテレビのJTBCにより、チェ・スンシルが廃棄した(とされる)タブレットの内容がスクープ報道された。

10月25日(火) 朴槿恵大統領、崔順実(チェ・スンシル)国政介入問題を謝罪。このあと計3度も国民に謝罪を重ね、弾劾裁判を受けることになる、チェ・スンシル・ゲートの始まりである。国政の大混乱、大スキャンダルはこの週から始まった。梨花女子大学の紛争から始まった騒ぎが、まさかこれほど大きな騒動になると誰が予想できただろう。


韓国の名門女子大、卒業式で「総長辞めろ」の大合唱 背景に根強い学歴社会

韓国の名門・梨花女子大学の卒業式で、式辞を述べようとした総長に、出席者が「総長辞めろ」のコールを浴びせかけた。
梨花女子大では、学部新設計画に反対する学生や卒業生が建物を占拠し、学校側が警察を動員して排除にかかるなど、騒動が続いている。その背景を見ていくと、韓国の学歴偏重社会の根深さが浮かび上がる。
ハンギョレによると8月26日午前、ソウルの梨花女子大の講堂で開かれた2015年度後期の卒業式には「信頼を失った総長に梨花を任せられない」「警察1600人を学内に入れて梨花女子大を汚した総長は即刻辞職せよ」と書かれた横断幕が掲げられた。
祝辞を述べるため壇上に上がったチェ・ギョンヒ総長に、出席者が「梨花解放、総長辞めろ」とかけ声を浴びせた。総長は「皆さんの意思は十分分かった。5分だけ時間を下さい」と求めたが、かけ声はやまず、総長は祝辞を述べられなかった。学位記授与で、総長との握手を拒否した学生もいたという。
■背景に学歴社会のひずみ
教育熱の高い韓国は入試競争の過熱、学歴偏重社会のひずみが長いこと指摘されてきた。
2014年11月の韓国日報の世論調査では、「人間扱いされるには大学を出なければならない」に85.7%が「そう思う」と答える半面、「大学を出なくても十分に成功できる」と答えた人は35.6%にとどまる。
しかし、景気の停滞で大卒者の就職率も低下し、非正規雇用が増加している。こうした社会情勢の変化を受けて、韓国政府は高卒で就職した人が後からでも大学教育を受けられるように「先に就職、後で進学」というスローガンを掲げ、生涯学習の強化を打ちだした。その一環が、大学に生涯学習に対応した学部を新設することだった。2016年5~7月、モデル事業として梨花女子大など10大学が選ばれた。
しかし、ハフポスト韓国版によれば、韓国屈指の名門大学で知られる梨花女子大では、「美容、ウェルネス産業を扱う」とする学部構想に対し、「学位をカネで売るのか」と、在学生や卒業生から激しい反発が起きた。この問題を巡るオンライン掲示板では「難しい入試に合格して入学したのに、実業高校出身者が混ざると学校のレベルが下がる」などの書き込みもあったといい、学生側の「名門意識」も見え隠れする。

この騒動の中で、チェ・スンシルの娘であるチョン・ユラの不正入学疑惑がクローズアップされたのである。


ドイツで「夢は東京オリンピックに出場することです」と語るチョン・ユラ。

2017年1月7日土曜日

地震、防川、総合試験

2016年9月12日(月)
夜7時45分、8時30分、隣りの慶州でマグニチュード5の地震。まずゴーッという地鳴りのような音が聞こえ、ガタガタガタッと固い横揺れが続く。日本の感覚だと震度3程度の揺れだが、地震がないと言われていた韓国では大騒ぎになった。その後も現在まで余震が続いているが、もう誰もあまり気にしなくなった。耐震建築、耐震設備が不十分な韓国では、より大きな地震が来た場合かなりの被害が出るものと思われる。先日朝5時頃、テレビや携帯から突然警告音が鳴り出し、目が覚めてしまった。揺れがあったらしい。3、4か月かかって、ようやく地震警報の態勢が整ってきたのだろうか。

9月14日~18日は秋夕(チュソク)の5連休。パリ・バゲット、コンビニ、畜産マート(近所の肉屋)はずっと営業していた。好天気が続いたが、17日(土)だけ雨、テグハルでの授業のあとC君の車で寿城池(スソンモ)へ出かけて学生たちと食事。


 寿城池の噴水ショー。


 9月22日、24日、25日。この週は3度も防川市場へ。


「Mr.ヤンコッチ」 羊の串焼き




 最後の写真はモンティギといって牛の生肉で、大邱周辺ではよくあるメニューなのだが、ユッケというメニューはまた別にあり、その違いがよくわからない。これは「The Butcher」という、ちょっと不穏な名前の牛肉専門店。

10月7日、総合試験の日。秋らしくなってきた。総合試験は卒業試験とも呼び、第4学期には必ず受けなくてはならない。韓国学科のイ・スハン先生からは「韓国社会の儒教的変換について論ぜよ」、指導教授のチェ・チェモク先生からは「禅の意味、あるいは禅仏教の特徴を説明せよ」という出題があり、14時から始まり、2時間以内に答案用紙に書いて提出する。これらは事前に問題を教えてくれるので、準備してメモを作り、試験ではそれを清書すれば良かったので、まあ形式的な試験ではある。ベトナムのN君、中国のMさん(博士課程)と一緒に受けた。どのような評価を受けたのかはわからないが、合格はしたらしい。

2017年1月1日日曜日

秋学期

9月5日より秋の新学期。大学院最後の学期だが、実は終了に必要な単位は既に取得しており、補充科目(学部授業)だけが残っている。大学院の授業はもう受けなくてもいいのだが、それではもったいないので、韓国学科の授業からは受けたことのない先生の授業を1つ、それ以外は指導教授の崔先生の哲學科の授業を選んだ。

月曜日 
 정용교「 한국학특수과제연구 」 (韓国学特殊課題研究) 9:30~12:00
 今期の韓国学科は7名。韓国人2名、中国人1名、ベトナム人3名、日本人1名。정용교先生は社会学の教授で、東アジアと韓国社会の比較研究や多文化共生などの研究をしている。ベトナムやカンボジア等でのフィールドワークも多い。テキストは今学期用に先生が選んだいくつかの論文を複写・製本したもの。小生の担当は「세계화시대 한국문화 발전의 방향모색」(世界化時代 韓国文化発展の方向模索)という論文で、要約したものを発表し、皆で討論する。それ以外に、自分では「少子高齢化社会 日本と韓国の比較」というミニ研究を発表した。
정용교先生は闊達、リベラルな人で、皆の発言をうながし、全体の話の流れをまとめる授業は楽しかった。授業後、皆と一緒に昼食を食べることも多く、これほど授業+昼食とつきあってくれた先生はいなかった。成績は「A」をもらった。

 이수환「조선시대사특강」(朝鮮時代史特講) 13:30~14:45
 補充科目として指定された李樹煥先生の学部授業である。「朝鮮時代史特講」の内容は先生の専門である朝鮮の書院の歴史である。中教室で30人くらいの学部生と一緒に受講。結果的に李先生の授業は3学期もの間受けることになった。聞き取りが難しく苦手意識をずっと持っていたのだが、それでも徐々に理解できるようになった。授業中ずっと板書をしてくれることも助かる。
 朝鮮時代の書院は両班文化の継承、儒教性理学教育の中心的な機関である。植民地史観というのがあって、日帝時代に儒教は朝鮮の歴史を停滞させ近代化を阻害した古き悪しき文化・学問という概念が一般的であった。独立後もそのような儒教否定論の影響は歴史学の世界に長く残った。民主化が達成された80年代以降、ようやく韓国に残る書院の古文書などを実証的に研究することが始まり、李先生もそういう新しい研究の担い手の一人である。書院の歴史から朝鮮社会の身分制、文化的葛藤、習俗、思想の変遷などを本格的に研究することはようやく最近始まったばかりなのである。
 慶尚北道は韓国で最も書院の歴史がある地域であり、紹修書院、陶山書院などを訪ねたこともあるので、テーマは興味深かった。中間試験、期末試験を受けて、成績は「B+」。

최재목 「동양철학방법론연구」(東洋哲学方法論研究)15:00~17:00
 崔在穆先生の大学院哲学科の授業。先生の専門は陽明学だが、この授業は李退溪の「聖学十図」を読むという朱子学本流の内容。この本は韓国の儒学を大成させた李退溪が儒教の古典を編集し補足したもので、韓国漢文学、性理学の基本文献の一つ。漢文を韓国語で読み、その解釈を学ぶものだが、漢文や儒教の基本知識がないとなかなか歯が立たない。8人ほどの学生は老若さまざまで、チェ先生の幅広い教養を楽しむような授業だった。「A+」をもらう。

火曜日 14:00~15:30   18F韓国学科講義室で初級日本語を教える。3名。

水曜日 14:00~16:00   日語日文科資料室で中級日本語を教える。JLPTのN1~N3のテキストから、読解、語彙、聞き取りなど。4名。
    19:00~20:30  正坪(チョンピョン)のカフェでKさんに個人授業。月に1回はテグハルで。東野圭吾「ガリレオ」シリーズの短編などを読む。

木曜日 12:00~13:15   이수환「조선시대사특강」(朝鮮時代史特講)
 補充の学部授業は火と木、週に2回である。韓国学科の3人のベトナム人(ナム、トゥック、ティーエン)と一緒に受講する。

土曜日 テグハルでの授業。17:00~18:30 , 19:00~20:30  3人から5人
 30代の社会人が中心で中級ビジネス日本語。教材は色々と試してみた。テグハルのインターンだった静岡大学から慶北大学に交換留学していた中国人女子学生が参加することもあった。土曜の夜なので、授業のあと皆で食事に行くことも多かった。

2016年12月28日水曜日

晋州冷麺

 8月3日。新梅の「진주냉면」(晋州冷麺)に4日連続で行く!


 最後に食べたビビンネンミョンはダメだった。普通のムルネンミョン(写真)が美味也。

 8月6日 リオデジャネイロ、オリンピック開幕式。テグハルで日本語を教えている4人と刺身の店に。
 8月8日 天皇陛下お言葉(生前退位)。イチロー、3000本安打(マイアミ・マーリンズ)。
 8月11日 この日から新しい祝日「山の日」。8月12日が本来のプランだったが、御巣鷹山日航機墜落の日(あれから31年)なので11日になった由。
 8月15日 光復節、終戦記念日。この日を韓国で迎えるのは初めて。
 8月16日 補充課目申請、インターネットでは案の定満席でうまく行かず、K助教に任せることに。말복(末伏)なので、韓国学科のナム君(ベトナム)と参鶏湯を食べる。
 8月は3つ連続台風が来襲し、東京の自宅も被害を受ける。暴風が吹き上げ、台所から雨漏りがあったのだ。
 8月21日 中井にある目白大学で通訳・観光案内士試験を受ける。自信はあったのだが、11月に発表があり、不合格。この頃、村田沙耶香「コンビニ人間」、崔実「ジニのパズル」を読む。
 9月2日 嶺南大学HPのためのインタビューを受ける。

 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1288639231159689&id=140220872668203

  内容は大邱新聞のものと大差はないが、奨学金をもらっているので、ささやかなお返しのつもりで学生たちに日本語を教えているという話もした。