ホテル大邱はどこをとっても中流のホテルで期待外れ。定宿のユニオンホテルから浮気をしたのは、テレビでNHKが見られないのと朝食設備がないためであった。ホテル大邱の部屋はまずまずだが、テレビはブラウン管の旧式でリモコンの反応も悪い。(NHKプレミアムは放送されていたので「坂の上の雲」最終回をつい見てしまった。)地下一階はライブハウス兼ビアホールでうるさい。朝食ビュッフェは相当の低レベルで失望。クリスマス前日のこの日、結婚式が多かったのかロビーは客でにぎわう。
地下鉄で東大邱駅まで出かけ、韓進高速バスターミナルで、26日の釜山金海国際空港までの切符を購入。帰ってきて昼食はまた隣の「タハヌ」でカルビタン(一番上の写真)。牛スープ、塩味の加減が絶妙。6000ウォン。二回続けて同じものを食べるなんて珍しい。
ホテルの地下2階で散髪をしてから大邱一の繁華街「東城路」へ。2枚目と3枚目の写真。気温は零度前後か。風も強く、厳しい寒さだが、若者達でにぎわう。大邱百貨店近くの日本料理店「玄蔵」へ。日本人のGさんが経営している店で、嶺南大学のF先生と待ち合わせ。F先生、インターネットもつながらなくなったし、クレジットカードも止められているとかで意気消沈しているかと思ったが、相変わらずの怪気炎。要は日本に残っている奥さんとの関係が悪化したのだ。これは他人事ではなく、数年後の小生の直面する問題かも。1月10日に帰国し、関係改善を図る由だが、どうなることやら。
「玄蔵」のあともう一件はしごして、ビール、焼酎、ワイン、ウイスキー…。
F先生は抱えている「沙也可」案件=そのために論文の積み重ねと博士号取得を目指す=に小生を巻き込みたいらしいが、仮に3年後、小生が大邱に住むようになっても、適当なことを言って逃げるつもり也。
沙也可=金忠善の子孫たちは、現世の経済的な利得のために紀州・雑賀説に与しようとしている。観光客の誘致や記念館の運営のためである。しかし紀州・雑賀説というのは相当に怪しい説で、やはり加藤清正配下の武将だったというのが真実に近い。歴史的真実を追究しようとしても、大邱市の役人達も無関心、子孫達は聞く耳を持たず、F先生はドンキホーテのごとく孤軍奮闘しているのだった。何か侘びしさがつのるクリスマス・イブであった。
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