松林寺 大邱・八公山(パルコンサン)にある名刹

2015年3月4日水曜日

新学期始まる

今年は3月2日(月)が韓国では新学期の始まり。行政室に行き、ジウォン氏と話す。まず、先週もらったメールの件。「学位検証資料」を提出せよ、との内容だった。昨年提出した卒業証明書だけではだめだということらしい。
1.アポスティーユを受けた書類
2.韓国にある自国公館の検証を受けた書類
のどちらかを提出せよ、という。
昨年秋の大学院入学手続きのときには何も言わなかったのに、今になって何が問題なのだろうか?
簡単に言えば、海外で卒業証明書とか学位証明書を提出する際には、その書類を国が保証しなければならないということ。
アポスティーユというのは公証役場とか外務省、法務省などに行って付箋みたいなものをもらうことらしい。
2ヶ月も東京にいたのだから、どうしてもっと早く言わなかったのかというと、ジウォン氏は2度もメールしたという。
そんなものはもらっていないのだが、まあしょうがない。
ある人にその話をすると、韓国ではシン・ジョンア事件以来、そういう書類のことがやかましくなったのだと教えられる。


2007年、「美術界のシンデレラ」と呼ばれた東国大助教授シン・ジョンア(当時35歳)の学歴詐称スキャンダル。米国エール大学大学院美術史学博士として、若き日から十年にわたって、主要美術館のキュレーター、学芸室長、光州ビエンナーレ監督などとして注目を集めた彼女は、エール大学に入学さえしておらず、学位証明書などはすべて偽物だった。その後、政府高官との関係が暴露されたりヌード写真の流出までが話題を集めて、ドラマ「ミス・リプリー」のモデルとなった。

釜山の日本領事館に電話をかけ、卒業証明書の写真を添付してメールを送るなどして、証明書を出しましょうと言われたので、水曜日に釜山へ。

2015年3月1日日曜日

変化が速い韓国

2ヶ月ぶりに慶山市のシンデリ(嶺南大学の東門近くにある新興住宅街)に戻ってみると、小生が住むワンルーム村を囲むように巨大なアパート群が建築ラッシュである。



先述のパリ・バケットをはじめ、新しいカフェや食堂も増えてきて、大邱の郊外にある新興住宅地がどんどん賑やかになってくる。不動産屋のK氏に聞くと、大邱のここだけではなく、郊外ではこのような住宅建設が目白押しなんだそうだ。確かに住宅建設と道路建設は韓国のどこへ行っても目につき、建設業界はバブル状態ではないかと思う。
日本以上に少子化が進んでいる韓国で、このように住宅をどんどん建てて、いったい誰がどこからやって来て新しい部屋に住むのか、というのが建築中の巨大建物を目の前にしての素朴な疑問である。
知人のL先生によれば韓国でこの数十年、一番変化した風景というのが住まいなんだそうだ。韓国式の古い住宅や一軒家がどんどんなくなって、誰もが高層アパートに住むようになってきたのだという。

ひさしぶりに行きつけの喫茶店モモに行くとMさんがいつものように愛想よく話しかけてきたが、二重瞼にしたのか別人のごとくで内心驚いた。「前のほうが良かったのに…」と思ったが、それは言えない。彼女は今週から休学していた啓明大学に復学して8月に卒業するのだそうだ。

わずか2ヶ月の不在の間に、人も風景もどんどん変化しているような気がする。


日本語学科教師のHさん親子とまた防川市場へ出かけると、新しい店がどんどん出来ていてまたもやびっくりする。写真は金光石ロードの新しい壁アート。オープンして半年になる羊料理の店へ。



炭火なのと、櫛が自動的にぐるぐる回り、火が通るようになっている。日本でもこういう延辺料理の焼肉屋を見かけるけれど、炭火や焼き機(?)も同じなんだろうか。この日は飲まなかったが白酒も各種置いてあり、再訪が楽しみである。

2015年3月1日(日)



2ヶ月間の長い冬休みが終わり、설날(元日、今年は2月19日)の翌日、観光ビザで韓国に戻る。
オンドル暮らしを知った身には、東京の住宅で過ごす冬はとにかく寒かった。家人がソファー用兼1人用こたつというものを買っていて、テレビを見るときなどは重宝した。
日本でもいろいろなことがあったが、なんとなくブログに書く意欲が湧かず、やはり韓国に戻ってからということで、継続、再開する也。
1つだけ日本でのことを書くと、先日、2年前に退職した会社の同期生たちの集まりがあった。1975年4月に同時に入社した同僚のうち、1人だけ残っていたMさんを囲み慰労する会で、彼女も3月末で定年退職する。これで同期生全員が退職となり、何かすっきりとしたような気分。40年の歳月が過ぎた。同期生たちのその後は様々だろうが、とりあえず一区切りであり、彼ら彼女たちの第2の人生の幸運を祈る也。


これはわが風景荘のあるシンデリにオープンした「パリ・バケット」。財閥の娘が経営する全国チェーンが、またもや地元の小さなパン屋さんを駆逐することになるのだろうか。

さて、大学院が始まる前の1週間、いろいろな準備や手続きをしなければならない。
まず大学院の事務室(ここでは行政室という)に出かけ、外国人学生を担当するペク・ジウォンさんと初めて会う。メールでのイメージ通りの若いテキパキとした女性で、電話がどんどんかかってきて忙しそう。外国人登録やD2ビザのための書類をもらい、慶山市の保健所に向かう。今年から「健康証明書」が必要なのだ。
保健所は慶山市庁の向かいにあった。銀行のようなカウンターがあり、番号札を取って並ぶ。診療室に行くと、嶺南大学学生は500ウォンのはずが小生の名前はリストにもなく、日本は該当国ではないそうで、一般人扱いで1万ウォン払わされる。ただし、職員たちは非常に親切。診察はシャツを着たままX線を取るだけの簡単なもので、2日後もらった証明書を見ると「結核なし」のみの内容だった。こんな形式主義の書類をもらうために毎日たくさんの人がつめかけているようだ。


2月23日(月)の午前中は卒業式(学位授与式)で、各学部ごとに卒業生や親たちが集まり、にぎやか。彼ら目当ての花束売りがキャンパスのあちこちに。

出入国管理事務所であらためて外国人登録とD2ビザの申請をする。
相変わらず出稼ぎ外国人たちでごったがえしていたが、1時間ほどで受付となり、書類も揃っていたのでスムーズに処理される。登録手数料13万ウォン。外国人登録事実証明書(2000ウォン)をもらい、3週間後に登録カードがもらえる。
翌日、大邱銀行での3月からの家賃自動引き落とし手続きも無事終了。

2014年12月10日水曜日

2014年12月10日(水)

韓国での今年最後の1日を過ごす也。

8日(月)、大邱銀行の嶺南大学支店へ合格証(インターネットで出力)を持って、大学院の登録金(入学金+授業料)を振り込む。
入学金  796000
授業料  3476000(前期)
学生会費・保険費 38000
奨学金  -1043000

合計3267000ウォン也。奨学金はTOPIK3級のため。4級なら授業料全額免除となる。
手続き後、すぐに「大学院登録金納付が完了しました」とメールが届いた。



この日は朝から数センチ雪が積もり、バスなどの交通はマヒ状態。日本語科のHさんは毎朝自宅前から学校までスクールバスに乗っているが、通常30分なのに2時間かかった由。カフェ「momo」で初めて話した赤毛のアメリカ人女性Lさん、韓医大で英語を教えているが、1時間近くバスを待っても来ないので本日は休講にしたとか。シカゴ出身、来年8月まで契約があるそうだ。彼女はよく見かける。同じシンデリ、ワンルーム村の住人らしい。

9日(火)、昨日インターネットで受験申し込みをしたTOPIK(1月18日、第38回)の受験料を郵便局で振り込む。40000ウォン、振り込んだ直後にメールやショートメッセージで振り込み完了の知らせ。昨日もそうだが、こういう仕組みは実にきめ細かい。

10日(水)、現代百貨店で日本土産(カカオトークのグッズやらセルカ棒)を買い、シンデリに戻ってワンルームを管理する不動産屋のK氏を訪ねる。通帳を見ると、11月以降、家賃の引き落としが行われていないのは何故かという問題。K氏曰く、おそらく引き落とし期間の契約が終了したためではないか(銀行と家主間)、来年韓国に戻ったら再契約をしましょうということになった。領収書をもらって4か月分の家賃を現金で預ける。

TOPIKの結果発表、アクセスが集中してなかなかつながらない。午後3時発表だが、前回は夜8時頃にようやく判明した。ところが今日は、午後6時前につながった。結果は、4級合格。

                  듣기        읽기        쓰기        총점

35회            48            46            33           127                 3급
36회            38            44            39           121                 3급
37회            50            52            54           156                 4급

 듣기 (聞き取り)   읽기 (読む)    쓰기(作文)    총점(総合点)
300点満点で、120点以上が3級、150点以上が4級、190点以上が5級、230点以上が6級。

最後の日に思いがけなく朗報也。4級には落ちたと思っていたので、次回の申し込みもしたのだが、これで1月18日の第38回を受ける必要はなくなった。有効期間は2年間なので、来年後期からの授業料は無料に、入学後の語学試験も免除になるそうだ。


防川(パンチョン)市場の象徴、金光石(キム・グァンソク)通りには今年5回通った。行くたびに新しいカフェやレストランができていて、若者や家族連れで賑わっていた。ここで豚足(チョッパル)や韓牛ステーキを食べるのもしばらくお預けだ。来年2月中旬、また戻ってくることに。

2014年11月30日日曜日

2014年11月30日(日)

語学堂の秋学期が終了。5級の授業はさすがに難しくなり、2級〜4級の時のような良い点数は取れず、アップダウンが多かった。ここまでと決めていたので必死に勉強したとも言えない。
水曜の夜、担任のK先生からカカオメールがあり、今期の点数を知らされた。小生の5級での成績は73.22点で、かろうじて合格していた。70点以上が進級点なので、6級に行こうと思えばまあ行けたのだった。




5級2班のクラスメートの進路は様々で、6級に進む者、嶺南大学に進む者、ソウルの大学や大学院に進む者、国に帰る者、主婦に戻る者 etc.
嶺南大学韓国語教育院で、1年間に習った先生たちの名前を記念に記す。


卞敬姫 ビョン・キョンヒ 변경희
洪京和 ホン・キョンファ  홍경화
徐銀那 ソ・ウナ 서은나
金美環 キム・ミギョン  김미경
柳知延 ユ・ジヨン  유지연
李受炫 イ・スヒョン  이수현 
權智賢 コン・ジヒョン  권지현 
金美羅 キム・ミラ  김미라
宋英承 ソン・ヒョンスン  송영승
汀 チョン・ヒョンジョン  정햔정 

2014年11月17日月曜日

1年が過ぎて

韓国で暮らし始めたのが昨年11月末からだから、ほぼ1年が過ぎた。語学堂の授業も今週が最後で、週明けに期末試験があって、秋学期も終了となる。
5級の授業はソウル大学のテキストと、TOPIK対策授業の2本立てで、やはり忙しい詰め込み授業だった。担任のK先生は蔚山出身で30代半ばか。この語学堂で、1年間で10人の先生に習った。皆女性でそれぞれ個性もあり優秀な韓国語教師である。自慢にはならないがこの10数年で合計20人以上の(30人くらいかも)韓国人の女性に韓国語を教えてもらい、男性は(ほとんど顔も名前も憶えていない)わずか1人か2人である。概して、ハキハキ、テキパキ、優秀な女性教師ばかりであった。全然上達しなかったのはひとえに自分の責任である。
残念ながら、最後のK先生だけは、小生にはダメだった。話すことの6割か7割くらいしか、わからないのである。早口でしゃべりっぱなしなのはいいとしても、ポイントをつかめないダラダラトークなのである。家族の話、友人の話、夫の話など、話題は豊富で演劇的な状況説明の例文も多く、クラスの大部分の女性たちは聞き取れて冗談に笑っているけれど、小生にはついていけなかった。副担任のS先生の話は95%以上理解できるのだから(授業もS先生のほうがずっと上手い)、この差は何だろうかと思ってしまう。




これは、今期の授業で試みた自主製作映画のポスター。携帯電話の動画カメラで撮影した、お遊び学芸会のようなものだ。5組2班は2チームに別れ、男3、女3の我々は「鬼神現る」というホラー・コメディ。ストーリーは凝っていたが演技力不足で時間をかけたわりに面白くない。女7名のチームは「大丈夫、精神病だから」という危ない内容で、ガールズラブ的、即興的、変態的ないい加減さが結構面白かった。たまたま編集できる人やポスターをデザインできる人がいたから良かったけれど、携帯電話だけで映画を作れというのはあまりに適当すぎて、今でも首をかしげる、思いつき授業。学生たちの負担は大きかった。せめてカメラやスタジオ、編集機器くらいないと、映画なんて無理である。


11月7日、ソウルの広蔵市場に1年ぶりに出かけて 간청엽 (牛レバ刺しとセンマイの盛り合わせ)に挑戦・・・金曜夕方とあって、芋を洗うような大混雑でユッケ通りの店には入れず、通りを離れた何でもありの大型店へ・・・あまりに不味くて途中で放棄。こういうのは新鮮度が命なのだ。特にセンマイはひどかった。12000ウォン。広蔵市場も観光客でめちゃくちゃな混雑ぶりに、座る気をなくして、いったん明洞のホテルに戻る。口直しにピンデトックを食べたくて、歩いて鐘路へ。


歩いて10分、열차집(ヨルチャ[列車]チブ)はすぐ見つかった。6年ぶりである。前回は再開発で移転する前の店だった。店構えが以前よりは風情に欠けるが、マッコリだけでも10種類という、渋いアジョシ向けの居酒屋である。広蔵市場の油まみれピンデトックとは違って、あっさりとした味わい。他にもメニューは多く、再訪したいものだ。ピンデトック10000ウォン、マッコリ3000ウォン。



名店「里門ソルロンタン」に3年ぶりに寄ってみた。味は・・・普通かな。昔は何でも珍しくておいしいと思ったのだが・・・。7000ウォン。



11月8日、仁寺洞の 여자만 (汝自湾)という全羅道料理の店。初めて目にするような珍しい料理が多かった。有名店らしいが、ご馳走になったので値段はわからない。いつも満席だとか。



自宅近所の人気店 동궁가들 、プルコギ食べ放題1人前12000ウォン。田んぼの中の一軒家だが、嶺南大学の学生たちがグループで来る店だとか。味はまずまず。アジョシ3人で9人前をたいらげ、ビール4本、マッコリ1本で、5万ウォンくらい? この日はGさんにご馳走になる。


週に2回くらい昼食を食べる学内の「선향재 善香斎」。昼定食5000ウォン。主に教職員向けの食堂だが、気が利いたものを出すので、授業帰りに寄るようになった。これは鶏のスープだが、とても美味しかった。

2014年11月4日火曜日

石窟庵 芠皇寺

仏国寺から石窟庵までは山道を8キロ、過去2回はタクシーで登ったが、今日は12番バスに乗ってみる。1時間に1往復のこのバスも1500ウォン。登山服姿の賑やかなアジュンマたち、どこかの教会のシスター2人、中南米系のカップル、広東語を話す中国人(おそらく香港)等、平日とあってのんびりしている。







山門から石窟庵までの山道、10分か15分くらいの参道だが、8年前、初めて来た時の凍えるような寒さを思い出す。登っていると汗ばむ一方で、この参道の日陰は意外に寒さがしみてくる。地形などの気象条件なのか、なんだか不思議な道である。この参道にはちょっと紅葉を期待していたのだが、たいしたことがなかった。日本海に近い山並みの中に紅葉黄葉の絶景ポイントがあるそうな。




石窟庵は相変わらず工事中なので、ガラス越しに眺めるだけ。仏像の後ろに回り込んだり、周囲の四天王、十大弟子、観音菩薩など、こまかな部分を楽しめないので、つまらない。そそくさと降りてきたら、ほかに見るべきものもなし。さっさと参道を降り、1時間で十分だった。午後2時発の仏国寺行きに乗り込む。仏国寺前からはまた11番市内バスに乗り、普門団地等のリゾートホテルや遊園地の地帯を過ぎて、初めての芠皇寺(본황사 プンファンサ、ブヌファンサ)へ。





新羅時代、善徳女王3年(634)に建てられた石塔は、七重または九重の等だったと推測される。1915年に朝鮮総督府が解体・修理を施し、三重の塔を再建した。予想通り、小さく素朴なたたずまいに好感を持った。他の寺は入場料4000ウォンだが、ここは1700ウォンとつつましい。


最後はまたチョンソンデに立ち寄って、慶山に戻った。秋晴れ、風もなく、穏やかな1日也。