松林寺 大邱・八公山(パルコンサン)にある名刹

2015年4月7日火曜日

浦項の日本人街(1)

4月4日(土)、語学堂に通っていた日本人女性Sさんの結婚式に出席。
浦項にあるPOSCO国際館に行ってみると、結婚式はこれ1つで(10組くらいが次々と結婚式をする大型会場と思い込んでいた)、しかもかなり派手で盛大であった。


国際館は会議場、結婚式場、ホテルを兼ねた山の上の建物だった。
韓国で結婚式に出かけたのはこれが2度目。料理はビュッフェ形式で、座席も自由である。300人から400人くらいは来ていただろうか。
途中で抜け出して、Hさんたちと合流し、タクシーで九龍浦近代文化歴史通りを観光に出かける。


ここは昔の日本人街が保存、復元されている所で、土曜日の午後、韓国人たちの観光客で賑わっていた。「いま、イルボン・コリにいるんだ」と電話で話している人がいたから、「近代文化歴史通り」は、普通には「日本通り」なのだろう。


日本の建物には、このように昔は何であったかが表記されている。現在は韓国人の普通の住宅として使われている。観光客相手に食堂やカフェもちらほら。



桜のキャンパス

桜前線、日本では平均より5日くらい早く北上している。
大邱では東京より1週間くらい満開が遅れた感じだ。
4月3、4、5日あたりをピークに、キャンパスの桜は散り始めている。




2015年4月5日日曜日

道東書院

2015年3月31日(火) 霧

11時、頭流駅前でKさんの車にCさんと乗りこみ約30分、達城郡求智面にある道東書院を訪ねる。
朝鮮五賢(金宏弼、趙光祖、鄭汝昌、李彦迪、李滉)の一人である儒学者・金宏弼(김굉필 キム・キンピル)を祀る書院で、1568年に創建された。





この日は春の祭事で、韓国学科のSさんが祭官を務めているのを見学に来たのである。授業は先生に頼んで休講にしてもらった。
全国から集まった祭官たちは儒服に着替えて2日がかりの祭事に臨む。今日は泊まり込みだ。まず各自の役割を確認し、墨で名前を書いているところ。Sさんは「賛者」という下っ端のほうの役職で、祭事にこのように加えてもらえるようになって3年目だという。




この日の深夜というか翌日明け方の儀式のために捧げられる豚。牲檀(せいだん)に縛り付けられている丸々と太った豚を囲んで、何やら祈りを捧げる。
講堂に戻って祭官たちが次の行事を進める中、撲殺される豚の悲鳴がえんえんと続く。あんなにストレスを与えながら殺すと肉の味が悪くなるのではないかと思った。
Sさんは翌日帰宅後、分けられ持ち帰ったこの豚を食べるのが楽しみなんだという。


講堂である中正堂の後ろ、一段高く奥まった場所にある祠宇(サウ)の中に金宏弼とその後継者である鄭逑(정구 チョン・グ)の位牌が置かれている。



深更の儀式はここで行われる。私たちが見学したのは祭事冒頭の数時間。
昼食を一緒にご馳走になり、なごやかな雰囲気の中で、祭官の人たちから色々話を聞いたのだが、さすがにそのディテールは、小生の語学力や知識ではほとんど理解できなかった。
皆、この道東書院を守り支えていることに喜びを感じていることや、この書院が洛東江を望む素晴らしい環境にあり、建物の保存や管理も行き届いていること、細部の装飾などに独自の文化的価値があることなどは分かった。祭官の一番偉い人たちは80代で、日本語が話せる人もいた。「今の私の話、わかりますか?」と急に日本語で聞かれて、ムニャムニャ…。


帰り際、さっきの豚はきれいに毛をむしり二枚におろされ(?)、静かに横たわっていた。
夕方、相変わらずの霧の中、見学のわれわれ3人は大邱市内へと戻る。祭官のSさんはテンション高かったが、Kさん、Cさんは「あー、疲れた」といった感じ。

2015年3月25日水曜日

新学期あれこれ(3)

出入国管理事務所のある東村동촌までは、地下鉄2号線、1号線と乗り換えて、これまで片道1時間以上かかっていた。大学前のラーメン専門店「玄蔵」のGさんから、719番のバスに乗れば30分、大邱空港までも40分ということを聞き、初めてバスで往復。これまで延々と遠回りしていたことがあほらしくなった。
D2の外国人登録証をもらう。期限は来年の3月末日まで。
大邱銀行に行き、登録証を見せて学生証の発行申請をする。なぜか銀行で手続きするのである。学生証はカードなので、授業出欠の登録から図書館の席の予約をこれで行う。銀行カードやクレジットカードとも連携しているのだろうか。


これは박승희先生の「인문기획과 스토리텔링」(人文企画とストーリーテリング)という学部の授業があり、その授業が始まる前に、大学の何とか委員に立候補している候補者たちが公約を訴え、私に投票してくださいとアピールしている光景。
教室は中ぐらいの大きさで、約100人の学生たちが週に2回、この国語国文学科の授業に集まる。大学院の規定で、小生は「補充科目」として毎学期1科目、指定された学部の授業を受けなくてはならない。
どういう理由でこの授業を指定されたのか不明だが、おそらく卒業した大学の学部が法学部なので、韓国学科で学ぶためには人文系の知識が不足と思われたのではないだろうか。
出欠をとり、中間試験、期末試験、レポート、チームを作って公募展にシナリオや小説を応募する実習等、この授業がいちばん手間がかかりそうで、なおかつ興味を持てない内容かも。広告やら放送やら雑誌やらコンテンツとやら、長年うんざりするほど関わってきた世界の話なので…。


ある土曜日の午後、防川市場の金光石ストリートにて。
ちょっとした野外ステージが新しくできていて、フォークシンガーが歌っていた。
家族や若者たちが気ままに出入りして、のんびりとした雰囲気。


市場にある人気のマカロン店。


これらは北城路(プクソンロ)に最近できたカフェ。昔は元町と呼ばれた繁華街で、三中井百貨店がこのあたりにあった。現在は殺風景な工具街だが、日本家屋・建築の名残があり、再開発やカフェ・ブームの波が及んできている。

新学期あれこれ(2)

大学院は年間2学期制で、2015年は、3月2日~6月16日が前期(Spring Semester)、9月1日~12月17日が後期(Fall Semester)となる。

韓国学科は総勢10余名。一つの講義に参加する学生は、小生のような修士課程1期(1、2、3、4期と呼ぶ)の者から博士課程4期の者までが、それぞれの履修の過程が違うために一緒になる。
火曜日の午前、김기호先生の「한국의 언어와문화」(韓国の言語と文化)では、小生以外は全員博士課程で、「あなたは何期ですか?」「3期です」「最後(4期)なのよ」等の会話がある。春でも秋でも、どの学期から始めてもいいから、入学も修了も皆ばらばらの季節なのだ。
日本でも9月入学の制度が始まったらしいが、1年単位の考え方に慣れている小生は最初とまどった。

わかってきたのは、韓国学科10余名のうち、外国人は3人。修士課程は小生とベトナム人のN君のみ。もう1人の外国人はKさんで、ハルピンから来た朝鮮族中国人。30代前半で、韓国人と結婚して韓国籍となり、7歳の娘がいる。ネイティブではないが、もう韓国人だしかなり流暢に話す人で、指導教授も同じC先生だった。
ベトナム人のN君は、嶺南大学の学部に1年間在籍したことがあるそうで、20代前半か、なかなかの好青年。
他の皆さんは、パンソリを研究しているHさん(30代半ば?)以外は、40代、50代の男女ばかりで、これが一番驚いたことであった。
お坊さんも2人いる。50代の男性と、尼さん(京都の高校に1年留学していたそうできれいな日本語を話す。彼女も30代か?)である。
一人一人の職業や経歴、大学院で学ぶ理由などは、おいおい判明していくだろう。

もうひとつ驚いたことは、金曜日の午後、최동주先生の「한국학 특수분야얀구」(韓国学 特殊分野研究)の講義。ここにも10名前後の学生が集まるが、昨年語学堂で韓国語を教えてもらったS先生、L先生と一緒に学ぶことになったのだ。2人とも韓国語教育学科から聴講に来ていて、S先生は博士課程の2期、L先生は修士課程の3期だという。
S先生、L先生と小生とでは韓国語の能力、千倍くらい差があると思うのだが、同じ大学院の学生となって、同じ授業を受けることになるとは……と言うと、S先生は「よくあることなのよ」とあっさりしたもの。
確かに、1年間韓国語を学んでから大学院に進むという小生のような外国人学生は多いだろうから、あまり驚くことではないのかもしれない。それにしても、この学力、理解力の差では…と先が思いやられる。

韓国では、博士号を取得することでステップアップしたり、就職で優位になるということは聞いていたが、大学院でこのように多くの社会人を見ると、その実感がわく。
大学で教えるためには今や博士号取得が必須だというから、S先生やL先生も語学堂の教師職に飽き足らず、博士号をとってより上位の学校や大学の教師になりたいということだろうか。

ちなみに、嶺南大学大学院に通う外国人は約100名で、やはり7、8割は中国人。語学堂で一緒だった数名も名簿で見かけた。
どうやら大学院で日本人は小生1人であることもわかった。
最年長の学生であることもきっと間違いなかろうと思う。何となく、心細いというのが、スタートの実感である。


新学期あれこれ(1)

釜山領事館での認証は短時間で終了。

「証明書 
別途書類의 印章은 ○○大学長의 印章임을 証明함
在釜山日本国領事館
領事 山内英幸
手数料20000원」

という紙を卒業証明書の上に貼り、割印を押してあった。「これで韓国のほとんどの大学で通用しますよ」との説明があった。
大邱ー釜山は、行き帰りをムグンファに乗って鉄道で。自宅から東大邱へ行くよりも慶山駅はずっと近いし、運賃もバスよりも安かった。片道1時間10分くらい。
翌々日、行政室のジウォン氏に渡すと、あっさりOKとなる。
あとは外国人登録証、学生証、保険が残った。


手前の4階建てワンルームアパート群が小生の住むシンデリ地区。その周りをぐるりと、いま建築中の高層アパート群が囲みつつある。住み始めた一昨年秋には周りに何もなかったのだから、変わりように驚く。この写真は大学院の講義がある中央図書館のタワー18階から撮ったものだ。


自宅の風景荘からは、東門を過ぎて、中央図書館まで徒歩15分くらい。




韓国学科では2つの講義がこの中央図書館塔の17階にあるセミナー室で行われる。